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多情仏心

ここのとこ、卒論に追われる娘に
座敷ブタ(なつかし~ですよね~)のように
PCを占拠され(我が家のPCは本当に座敷にあります)
空き時間にブログ書かなきゃ~と、
逆に気負ってしまい、しばし生みの苦しみでした(PД`q*)
…とは、かなり大袈裟ですが(笑)

元々、我の強いワタシは、どーもガンバロウとすると
よくありません (ノ∀`)
実際よりよく見せようとすると、とんだ失敗をしますし
自分で気付かぬうちに高い高いハードルを設定して
飛べもしないのに、イライラしたり落ち込んだり…
まさに自分で自分の首を絞め…です (;◔ิд◔ิ)

で、紆余曲折の甲斐あってか(?!)
おじゃまんが山田くんではありませんが、
”適当”とか”ほどほど”とかが、かえって上手くいく…と
この年になりようやく悟った次第です ( ・ิ∇・ิ) (*・ิ∀・ิ)

たかだかブログが書けない…からとんだ話の飛躍と
なりました ( ^。^:) 失礼しました

あっ、でもママチャリ長距離疾走だけは、周りからは
「ほどほどにしなさい!」と言われそう…(汗)

『多情仏心』…物事に感じ易く移り気であるが、薄情なことが
出来ないことのたとえ。

里見惇の小説の題名でもありますよね。
古くは、源氏物語の主人公 光源氏の性格のようで。

色っぽく捉えると、フェミニストの恋愛遍歴に他なりませんが
コトバとして見ると、慈悲愛に思えて、この言葉並びが
とても好きです

《仏さま》と言うと、ちょっと抹香くさいですけどね。
以前も書いたかも…ですが、知らずに入った短大が
仏教系で、仏教学が必須で、年に2度本願寺の講堂で
長い長い説法を聞くのを余儀なくされたのですが
説法はムーディー勝山流に受け流しても
正面の仏像の尊顔は、ボーっと見ていたものでした。

仏教の仏さま・キリスト教のマリアさま・ギリシャの神々…
不思議と宗教に拘わらず、対峙した時に感じ取る
慈愛の波動は同じ気がします。

アーメンソーメン冷ソーメン
困った時のみ八百万の神頼みは、ちとむしがよすぎるかも
ですが ( ̄▽ ̄*)。。oO

でも困った時とか落ち込んだ時に、ついつい下を
向きがちですが、神様仏さま~!とお願いする時は
像のお顔に向かって天を仰ぎます。
(大概お像は見上げる形です。)
それでお願いごとを口にすると、自ずと深呼吸でき
詰まってた首もとが開放されて、視界も開けて
それだけで気持ちが楽になります。
自分の我の部分がそぎ落とされる気がします。

で、思うんですよね~
「なーんとか、なるさ ♡」

欲があるから人間、それは次から次と限りなくて
だからバネになり意欲も湧き…
でも息が詰まりそうになったら空を見上げて
フゥーっと深呼吸してみると…

意外と突破口は身近に見えるものです。

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